岳精流日本吟院総本部

西行途次 下田紘誓先生ご夫妻を訪ね交歓す

藤間先生宅で

下田紘誓:吟道紘仙流宗家。大正十年生まれ。平塚在。
師家:先生の家。
鷺鷗:風雅を解する仲間、人々。
世譁:世の喧噪。
夫子:先生、長者の敬称。
容與:ゆったりのびのびしたさま。
令閨:令夫人。

詩意

旅のおもしろみに乗じて下田先生の家を訪ねた。お宅では何となく風雅を解するもの同士で世の喧噪を忘れる思いがした。

下田先生が高らかに吟じられるとゆったりのびのびした気分になったし、奥様の清らかな吟は春に咲く花の中にあるようだった。

解説

平塚までの一号線沿いに他流派の二先生が住んでおられるので訪ねることにする。 藤間先生宅。とんだハプニングであった。
携帯で何回も連絡しながら道を尋ね歩いたが、果たして表札に「藤間」とある。
我々は勢いこんで玄関のベルを鳴らした。
出てこられたご婦人に愛想宜しく
「やっと着きました」
と挨拶すると、怪訝なこわばった顔。
「ヨコヤマです」
と笑顔でねんを押すと、尚更表情がおかしい。
「藤間先生のお宅でしょう?」
「ああ!詩吟の先生でしたら十軒先ほど先の家です」
同じ名前だっただけである。
ご婦人がホッとした表情であった。
とんだ間違いだ。
見ず知らずの者が、なれなれしく玄関をガラリと開けたら、さぞかし肝をつぶされたことだろう。
おまけに我々は「白装束」だ。
「藤間」先生宅で爆笑してしまった。

下田先生宅では下田宗家の吟の後に、控えめな奥様が吟じられた。
ご婦人の静かな阿吽の呼吸が感じられ、聞く方を実に率直な気持ちにさせられる。
疲れた体に、和らぎを与えられたような、何ともいえない思いが残った。

何とか宿にたどり着いたが、下田先生宅を出る時には足の痛みは限界にきていた。