岳精流日本吟院総本部

三十九 桜井の駅懐古

o義烈…一身の身の利害を顧みずに、正しい事を行おうとする気持ちが強いこと。

o楠家…楠木正成。

o赤誠…まごころ。

o早春の柔木…人生の春をまだ知らない少年正行のこと。

o離情…別れの悲しみ。

o双輪…二つの太陽。南北の朝廷が並び立ったことを意味する。

詩意

義烈を貫いた楠木正成は赤誠に満ち、まだ少年の正行は父との別れをどうすることも出来ない。
 時に南朝、北朝が並び立って戦を交える世である。正成は正行に厳しく遺訓を与えて帰し、己は粛々と死生をまっとうしたのである。

解説

 第八節、平成十三年五月一日、山崎より大阪への道を歩き姫路城まで。 
東海道は京都で終わり、いよいよ目標を九州においた。
 五時半に家を出て、朝一番の新幹線に乗車、京都で乗り換え、八時三九分に山崎に着。
青山、そして初めて参加の小林龍渓氏が集合した。小林氏の案内で先ず桜井の駅跡に寄る。
 
 民家が建ち並ぶ路地を幾程か歩くとすぐ近くであった。
「子わかれの 松のしずくに袖ぬれて 昔をしのぶ桜井のえき 明治天皇御製」
 それに乃木希典の揮毫による「楠公父子訣別之所」の石碑が建つ。
そして稚児髷の正行が神妙に父正成の前に向かい合って坐っている像がある。
その他は何もない、小さな広場になっている。
 
 太平記を繙けば、ここは、足利尊氏を撃たんとする楠公のクライマックスの地である。
 吉川英治の「太平記」を再読した。
 初めて読み通した時と、少し異なった感じがしたが、それはどうしたことだろうか。
戦を引き起こす、憎むべき要因と、飽きもせず繰り返される戦いと殺し合い。
読む人の命の灯までもかけほそくなっていくような厭世観を覚える。
 その中での楠正成、正行の父子の別れは、やはり涙を禁じ得ない。                           
 死を静かに心して戦に赴く人と、純白で多感な少年。
時代や事情が変わっても、死生観や親と子の情には普遍的なものがあるからであろうか。
また情理を尽くし粛々と死戦に赴く正成には改めて、その人となりに感を深くする。

 我々は淀川に沿って、といっても、小さな川を渡ったり、右に左に小道を通って、大阪に歩いた。
中には「こんな路地は猫でも通らないな」と言いながら、体を横にして家の間を通り抜けたりした。